精神分裂病における独立した認知障害における遺伝性の検討
Heritability estimates for independent domains of cognitive dysfunction in schizophrenia
Dr. Michael F. Egan
National Inst. Mental Health, Clinical Brain Disorders Branch,
Bethesda, MD, USA, Presenter

これまで多くの分子遺伝学的な研究が精神分裂病について行なわれてきたが、いまだ一定の結論が得られていない。その問題として精神分裂病の表現型が明確ではない、すなわち表面に現れる症状だけでは明確な診断が行えないこと、さらに精神分裂病の遺伝形式が多因子遺伝であることなどが指摘されている。これらの問題の解決方法として、脆弱性を形成する多遺伝子と精神分裂病の症状との間で発現する形質(中間表現型)を目標とした研究手法が考えられる。精神分裂病の症状はこのような脆弱性遺伝子の他に、修飾遺伝子によって規定される形質によっても影響されている。これまでに報告されてきたもののうち、候補と考えられる中間表現型としては、追跡眼球運動、認知機能、fMRI、MRスペクトロスコピーなど遺伝性を示すいわゆる生物学的マーカーがあげられる。これまでに精神分裂病患者はさまざまな認知機能障害を示し、これらの障害が発症していない同胞においても認められ、遺伝性を示すことが報告されてきた。Egan博士らは、精神分裂病の遺伝研究に認知機能障害を中間表現型として用いることが可能なのか検討を行った。

まず候補となる認知機能障害、すなわちワーキングメモリー、言語機能、注意、精神運動機能について、その相対危険率を調査した。対象は精神分裂病患者189名、その同胞292名、健常対照者111名である。各群間に年齢、性など人口統計的な要因の差異はみられなかった。ワーキングメモリー、言語機能、注意、精神運動機能については、IQ、WRAT reading test、Wisconsin Card Sort Test(WCST)、 Wechsler Memory Scale(WMS)、CVLT、continuous performance test(CPT)、 Trails A and B、Verbal Fluencyなどによるテストバッテリーを用いて評価した。

その結果、患者群は健常対照群に比較して著明な成績の低下が認められた。同胞群も健常対照群に比して有意な認知機能の障害を示した。例えばWCSPE-T値では、患者群39.1、同胞群45.0、健常対照群49.9で、患者群、同胞群は健常対照群より有意に低く、同胞群が患者群と健常対照群の中間の成績であった。これらの認知機能障害における同胞群の相対危険率は有意に上昇し(p<.05)、λsは2から4であった。

次に前頭前野における認知機能としてWCSTを行い、その値に対するCOMT遺伝子の影響を検討した。COMT遺伝子は前頭前野のドパミン系において極めて重要な役割を果たしている。ドパミン系シナプスでは、通常シナプス間隙におけるドパミンのレベルは、COMTならびにドパミントランスポーターによってコントロールされている。しかしながら、前頭前野においては、ドパミントランスポーター遺伝子がシナプスにおいてほとんど発現しないことから、ドパミンレベルはCOMTの作用に大きく影響されることになる。COMT遺伝子には機能的な多型性としてVal158Met(G1947A)が報告されている。Valを持つものが酵素活性は高く、熱に対して安定している。この調査の対象となったのは、精神分裂病患者175名、その同胞219名、健常対照者55名である。その結果、COMTの遺伝子型によってWSCTの成績が有意な差異を示した(p<.05)。すなわちVal/Valでは患者群<同胞群、健常群:Val/MetおよびMet/Metでは患者群<同胞群<健常群であった。さらにCOMT遺伝子は104組の精神分裂病の核家族を対象としたTDT(transmission desequilibrium test)で有意な連鎖を示した。これらの結果から、今回調査した精神分裂病に見られる認知障害は遺伝研究の中間表現型として有用かつ重要であると彼らは結論付けている。


レポーター:大阪医科大学神経精神医学教室教授 米田 博

 

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