多枝病変へのステント治療が冠動脈バイパス術より良い適応となるのはどのような場合か?
When is Multivessel Stenting Preferable to Coronary Artery Bypass Grafting?
Alice K. Jacobs
Boston Medical Center
Boston, MA, USA

Jacobs博士によると、現在の冠動脈疾患治療のための手技としては、古典的な経皮的冠動脈形成術とステント植え込み術、および冠動脈バイパス術がある。「はたしていずれの手技が多枝疾患患者の治療にふさわしい治療法なのか」というのが、今回の講演での問題提起である。

この疑問に答えるために、博士は、1980年以降現在に至るまでの多数のランダム化臨床試験によって得られたデータを再検討した。その結果、冠動脈バイパス術は治療後のフォローアップにおいて、心筋梗塞、緊急バイパス術、再度の冠動脈血行再建術の発生頻度が有意に低いことがわかった。また、経皮的冠動脈形成術とステント植え込み術は、術後の高率の再冠動脈血行再建術と相関し、これらの手技の大きな問題は再冠動脈血行再建術が必要となる再狭窄であった。

博士は以下のような多枝冠動脈疾患治療のガイドラインを示した。(ステント治療を含む)経皮的冠動脈インターベンションは、冠動脈バイパス術の術中死のリスクが高い患者の治療法として非常に優れた手技である。同治療法は、一枝病変で左室機能障害のない低リスクまたは中等度のリスクの患者にさらに良い適応であり、高リスク患者やバイパス術が禁忌である患者には根治というよりは姑息的治療として有効であると考えられる。

冠動脈バイパス術は、左室機能障害を伴う一枝病変の患者と、左室機能障害を伴わない多枝病変の患者に最も良い適応となるが、糖尿病合併患者などの高リスク患者も治療の対象となる。両方の治療法が適応となり得ると考えられる症例では、患者の意向とQOL、治療費を考慮して手技の選択がなされるべきであろう。一般に、(再血行再建術や術後の内服薬治療も含めた)ステント植え込み術にかかる費用は冠動脈バイパス術よりも低いとされている。

博士は「現状ではステント治療の問題は再狭窄である」とくり返し結論づけた。博士によると、ほとんど、あるいは全く再狭窄を来さないステントが現在開発中であり、これらの薬剤などをコーティングされたステントの臨床応用により冠動脈血行再建術をくり返す頻度が減少することになれば、経皮的冠動脈インターベンションの適応のガイドラインが変わり、多枝病変の治療で冠動脈バイパス術よりもステント治療が優先される症例が決定しやすくなるであろう。


レポーター:Andrea R. Gwosdow, Ph.D.
日本語監訳:京都大学医学研究科循環病態学 古川 裕