薬物関連性うつ病への対応についての考え方はこの10年間で大きく変わった。1993年にAgency
for Health Care Policy and Researchが刊行した薬物関連性うつ病についての治療指針においては、もし特別な薬物がうつ病の原因となっていることが疑われるとき、その薬物を中止するなど治療方針を変更する必要がある、と書かれている。しかし近年、老年精神医学の専門家はその考え方を変えつつある。もしうつ病が薬物によって引き起こされたと考えられても、その薬物を自動的に、即時に中止するということは、もはや、なされない。その薬物が患者の全体的な身体的状況のために必要かどうかをまず考慮するのである。
最近のガイドラインはこのような考え方を反映している。2001年に刊行されたExpert Consensus Guideline
for Pharmacotherapy of Depressive Disorders in Older Adults(老年期うつ病の薬物療法についてのエキスパート・コンセンサス・ガイドライン)では、原因となっている薬物を自動的に中止するのではなく、全体的な状況を判断して対応することを勧めている。
うつ病の原因となる薬物であることがわかっていても、その薬物を続けることがどうしても必要なことがある。例えば、心筋梗塞の患者は、不整脈を防ぎ、心筋梗塞の再発を起こさないために、βブロッカーを用いる必要がある。しかし、そのβブロッカーがうつ病を引き起こす原因となり得る。このような場合、Katz博士は、心筋梗塞後のうつ病においてβブロッカーによる治療を中止することは勧めない。むしろ他の薬物によってうつ病に対する治療を積極的に行うことで結果的にβブロッカー治療を続けることが可能となる。このようにすれば、患者は心臓疾患に対する必須の治療を受け続けることができる。
薬物関連性うつ病への対応
薬物 |
対応(%) |
α-メチルドパ |
他薬に変更と回答(80%) |
ベンゾジアゼピン |
コンセンサスなし |
シメチジン |
他薬に変更と回答(71%) |
クロニジン |
他薬に変更と回答(76%) |
コルチコステロイド |
コンセンサスなし |
ジギタリス |
投与を変更せずと回答(65%) |
エストロゲン |
投与を変更せずと回答(68%) |
ヒドララジン |
他薬に変更と回答(53%) |
プロゲステロン |
コンセンサスなし |
Propoxyphene |
コンセンサスなし |
プロプラノロール |
他薬に変更と回答(78%) |
精神刺激薬 |
コンセンサスなし |
レセルピン |
他薬に変更と回答(57%) |
タモキシフェン |
処方を変更せずと回答(73%) |
ビンブラスチン |
処方を変更せずと回答(77%) |
ビンクリスチン |
処方を変更せずと回答(77%) |
老年期うつ病の薬物療法についてのエキスパート・コンセンサス・ガイドライン2001、67頁より |
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またあるデータはうつ病の治療が、時には薬物を続けるのによい効果があることを示している。Mohrら(1997)は、うつ病を伴った多発性硬化症の患者で、うつ病の治療を受けることがインターフェロン療法を続けるのによい効果があった例を報告している。
うつ病の治療を受けることがインターフェロン療法を
続けるのによい効果があった例
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% Discontinuation |
Total sample: |
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New/increased depression |
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No new/increased depression |
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Depressed patients: |
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Treated |
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Not treated |
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Mohr, Goodkin, Likowsky, et al. Arch Neurology 54,
531-533, 1997. |
本研究のなかで、発表者は、患者に感情の状態と日々の出来事を日記に記録することを求めている。その結果、老年期の消化器系の働きを刺激するために処方されるメトクロプラミドが感情の状態に影響を与えることが明らかになった。それはうつ病を引き起こすというのではなく、日常生活における不幸(negative
events)に対して、気分の落ち込みを来しやすくなる(sensitive to negative emotions)というのである。
老年期の患者において、薬物の副作用という観点からみると、うつ病がただひとつの感情に対する副作用というわけではない。その他の感情面での薬物の影響についてもさらに詳しく調べていく必要がある。
レポーター: Andrew Bowser |
日本語翻訳監修: |
(財)仁明会精神衛生研究所所長
前京都大学教授
三好功峰 |
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