神経画像の役割は、もはや痴呆の診断にとどまらない。研究者は、神経画像を用いて、脳変化の進行の程度をモニターしたり、薬物のアルツハイマー病の進行を遅らせる効果を経時的にみていくことができる。
アルツハイマー病の最も早期の変化は側頭葉内側の萎縮である。その側頭葉内側には2つの構造があり、ひとつは海馬、もうひとつは内嗅皮質である。これらはアルツハイマー病の最も初期から変化する。この変化はアルツハイマー病における認知障害や症状の悪化の程度に深く関連している。したがって、この部位の脳構造の計測は、脳の変性の程度を調べる基準の代用として用いることができるし、アルツハイマー病患者の全体の症状悪化の程度を予測するのに用いることもできる。
最新の画像技術によって研究者は脳の各部位の構造の体積を正確にかつ妥当性をもって計測することができる。したがって、このような計測を神経保護薬の臨床試験において用いることができないか、と多くの研究者は考えるようになっている。脳卒中や多発性硬化症などの疾患では、すでに臨床的な予後の予測にMRIが用いられている。


MR spectroscopyは、最近、アルツハイマー病の臨床試験での予後の予測において用いられ始めた手段である。特に、脳の神経細胞内にしか存在しないN-acetyl-aspartateを測定する方法は注目に値する。なぜなら、このN-acetyl-aspartateは生きた神経細胞のマーカーであるとみなすことができるからである。神経細胞が死ぬと、この物質の値も減少する。したがって、N-acetyl-aspartateを計測することにより、どれくらいの神経細胞が生きているのか、どの程度活動しているのかを知ることができる。

Doraiswamy博士はアルツハイマー病の二重盲検による試験の効果を脳のMRIを用いて検討した。
この研究では77名の軽度から中等度のアルツハイマー病の患者が対象となった。Mini Mental State Examination(MMSE)は10〜26点の範囲であった。これらの患者は24週間にわたってドネペジルか、プラセボの投与を受け、その後、6週間のwashout
がなされた。
すべての患者に試験開始時、および6週間毎にMRIの検査とADAS-cogの検査が行われ、海馬の大きさの測定は試験開始時と24週目になされた。
ドネペジル投与を受けた患者群ではいずれの時期にもADAS-cogの成績は良かった。24週目のADAS-cogの差は平均して3点であった。発表者は、本研究が小規模のものであったにもかかわらず、これまで報告されている多施設での多数患者を対象として行われた試験の成績と同様のものであったとしている。
この研究における海馬の体積についてのデータは、発表者を驚かすものであった。この研究において、多くの人たちはドネペジル投与群とプラセボ投与群の間で、海馬の大きさに差がある、ということはまず予測しないであろう。というのは、臨床試験の規模も小さいし、期間も短いものであるからである。しかし海馬の大きさはプラセボ群で24週間に8.2%も減少していた。一方、ドネペジル群では0.37%の減少しかみられなかった。この差は統計的に有意である(p<0.01)。
このような所見は、アルツハイマー病の治療の発展に重要な示唆を与える。今日まで、アルツハイマー病治療薬の適応は症状に対する治療であった。もし、脳萎縮のスピードを緩やかにするということが神経画像診断によって明らかにされるのであれば、薬物はアルツハイマー病の進行を遅らせるために用いるものとしてよいことになる。将来は臨床試験に携わる研究者は、痴呆患者の予後を予測するものとして、このような画像マーカーをもっとしばしば用いることになると思われる。
レポーター: Andrew Bowser |
日本語翻訳監修: |
(財)仁明会精神衛生研究所所長
前京都大学教授
三好功峰 |
|