加齢による記憶欠損(Age-Related Memory Loss)の初期発見と予防
Early Detection and Prevention of Age-Related Memory Loss
Gary Small, MD
Neuropsychiatric Institute, UCLA Center on Aging
Los Angeles, CA, USA

発表者のSmall博士は、最近一般的に考えられるようになったように、脳の老化は連続したプロセスと考えている。つまり、まず年齢に関連した記憶の減退(Age-Associated Memory Impairment, AAMI)があり、次いで軽度認知障害(MCI)が続き、ついには痴呆へという過程を進む。

しかしこの過程はいつでも明確な線が引けるようにはっきりと次の段階に移行していくとは限らない。その進行は極めて緩徐なものである。神経病理学的な変化も極めて緩慢に進行する。また、AAMIはみられるが正常老化とみられる段階でも脳にはある程度の老人斑や神経原線維変化がみられることもあって、痴呆の脳と区別ができにくいこともある。脳の変化は、ゆっくり時間をかけて変化していくが、痴呆の段階となると、もちろん老人斑や神経原線維変化は極めて多数出現する。

神経画像診断の進歩によってAAMIの初期発見がある程度可能となった。例えば、PETによって神経系におけるグルコースの代謝を調べることができる。発表者らは、APOE-4を持つ患者で正常の記憶検査の成績を示す段階においてPET検査で、側頭部の下内側部、頭頂部、後帯状回などアルツハイマー病において変化のみられる部位にすでに低代謝が始まっていることを明らかにしたとしている。しかもこの変化は記憶障害が出現する2年前から認められたという。

また、APOE-4を持つ患者では、記憶検査で障害が明らかでない段階でも、MRIによって軽度な変化がみられるという。

このような記憶障害の初期段階においては、治療的介入によって進行を防ぐことが可能かもしれない。もちろん、破壊された神経細胞を修復するよりも正常の神経細胞を破壊から守るほうがまだ可能性があると思われる。

興味深いことに、コリンエステラーゼ阻害薬の二重盲検臨床試験において、試験中にドネペジル10mgの投与を受けていた患者では、対照群と比べて、その後の経過をみると記憶の能力はよい状態に保たれる傾向があることが明らかになっている。

このことから、発表者らは、MCI段階で、薬物治療を受けた患者において痴呆の進行を遅らせることができないかをPETを併用しながら調べている。

発表者らは、脳の老化を防ぐのにいくつかの「脳の訓練(brain fitness strategies)」が可能と考えており、例えば、スタチン系コレステロール治療薬、高血圧治療薬、非ステロイド系消炎薬などが脳の働きにもよい影響があるという。

身体的な運動も脳の働きにはよい影響を与えるかもしれない。老年期のレジャーでも痴呆のリスクを下げることが多くの研究で明らかにされている。エアロビック運動でも脳の活動を活発にすると言われている。

ライフスタイルも重要な要素である。喫煙を止めることは後に痴呆になるリスクを減らすために有効であるが、飲酒に関しては適度のそれは痴呆となるリスクを減らすとされている。

食事の影響は評価が困難であるが、少なくとも適切な食事は、肥満や糖尿病、それに高血圧を防ぐことから痴呆になるリスクを低下させる。抗酸化作用を持つ食物や、ω3脂肪酸を含む食物は脳の活動をみる心理テストでよい効果を来すとの報告もある。

精神活動のあり方は極めて意味がある。大学卒業者では痴呆のリスクは低いとされている。精神活動を活発にすることは痴呆を防ぐのに意味がある。老年者において特別な記憶訓練で、検査の成績を向上させることができるという報告もあって、Bellら(JAMA, 2002)は、2,800名の65〜94歳の健常ボランティアにおいて言語記憶、思考力、知的作業のスピードなどの訓練を行った群と対照群を比較すると、訓練を行った群では認知能力が改善され、その効果は2年間の経過観察期間においても持続したとしている。

 
 


レポーター: Andrew Bowser
日本語翻訳監修: (財)仁明会精神衛生研究所所長
前京都大学教授 
三好功峰