Rockwood博士はまず、血管性認知障害と呼ばれる状態は、かつての「血管性痴呆」や「アルツハイマー病と合併した血管性痴呆」、それに新しく定義された「痴呆を伴わない血管性認知障害(血管性CIND)」を含むものであるとする。
卒中後の痴呆や、多発梗塞性痴呆についてのこれまでの研究において、非認知障害性・行動障害は高頻度でみられることが明らかになっている。さらに、最近の研究では、皮質下の虚血による白質変化は、行動障害の原因となりうることも知られている。ここで血管性CINDの診断基準として提案したいのは、言語、記憶、高次の脳機能といった認知機能の障害ではなく、主に行動と心理面における症状である。つまり、典型的な臨床像は「disexecutive
syndrome(非遂行症候群)」というべきものである。
この研究の対象はカナダのmemory centerで血管性認知障害と診断された1,347名の患者である。そのうちの324名は比較的最近定義された血管性CINDである。発表者は本研究を行うにあたり、提案されているすべての診断基準のほかに、Mini
Mental State Examination(MMSE)や痴呆の能力障害評価(Disability Assessment
for Dementia)を用いて対象群を設定している。
患者は同じ医療機関で認知障害がないとされた群と、アルツハイマー病と診断された群の2群に分けられて、比較された。
血管性痴呆、血管性痴呆とアルツハイマー病の合併、血管性CINDの3群を比較してみると、共通して非遂行症候群がみられるのが特徴的である。このような症状はすべての患者においてある程度は認められるのであるが、最も目立つのは重篤な痴呆においてである。臨床的には、非遂行症候群としての特徴は、アルツハイマー病においてみられる特徴と大きく異なっている。しかし、このプロフィールの違いを神経心理検査などの分析手段を用いて明らかにするのは現在のところ困難である。
次に、発表者は、血管性認知障害や皮質下虚血状態の特徴である非遂行症候群を巨視的にみたときの特徴「変数(variable)」を明らかにしようとした。つまり、脳の認知機能の全体的な状態を示す徴候とか、症状といった臨床的に役立つ標識を取り出そうというのである。Rockwood博士は熱したコップの中の水のエネルギーを表現する巨視的な標識として温度が用いられるように、臨床的な変化を記述するのに、それぞれの患者からの情報をひとつひとつ取り上げるよりも、巨視的に全体としての変数を取り出すことが重要であると考えている。
発表者は、このような立場から血管性痴呆、血管性痴呆とアルツハイマー病の合併、血管性CINDの3群において行動の傾向をみるために、50項目を設定するのが適切であると考えた。そのうち20の標識が取り出されたが、それらは施設入所が必要であるとか、死亡の危険性があるといった、極めて重要な予後の予測に役立つものであった。
最も多い行動症状は自発性低下(decreased initiative)(61%)であり、次いで気分の低下(decreased
mood)(33%)であった。20項目の標識を用いるとVCIでは4.3±2.5であり、probableアルツハイマー病では3.5±2.2であった。最も値の高いのは、血管性痴呆でアルツハイマー病を合併したものであり、最も値の低かったのは血管性CINDであった。
最近の研究では、血管性CINDの評価のためには、どのような心理検査が最も特徴をとらえることができるかが問題とされている。
Rockwood博士は、血管性認知障害の患者で、非遂行症候群がみられることがカナダの研究データで明らかになったと結論づけている。ことに非遂行症候群は皮質下虚血による障害のある患者において目立つ。これに対する心理計測的な方法は開発されつつあるが、しかし今日でもなお、診断には、注意深く病歴を聴取したり、身体的な診察を念入りに行うといったことによる臨床的な判断が必要である。
レポーター: Elizabeth
Coolidge-Stolz |
日本語翻訳監修: |
(財)仁明会精神衛生研究所所長
前京都大学教授
三好功峰 |
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