軽度認知機能障害の患者が臨床的な痴呆へ進展する割合は、年に20%程度である。アポリポ蛋白E(APOE)のE4対立遺伝子(APOE
E4)を持つことと臨床的な痴呆との関連ははっきりしている。APOE E4対立遺伝子の有無が患者の予後を知る手がかりとなるという考えがある。進行中の大規模なInDDExスタディ(Exelonによるアルツハイマー病発症の遅延効果に関する調査)がこの仮説を検証する機会を提供する。
複数の機関による大規模プラセボ対照二重盲検試験であるInDDExスタディには、軽度認知機能障害者が含まれる。痴呆の臨床診断が下されるまでの時間に対するrivastigmineの効果が主要評価項目である。認知および行動評価に加えて、対象者のAPOE
E4対立遺伝子の有無および数も判定された。
InDDEx研究における494名の患者の遺伝子解析結果によると、31%(154名)が1つのAPOE E4対立遺伝子を持ち、9%(44名)が2つのAPOE
E4対立遺伝子を持ち、残り60%はAPOE E4対立遺伝子を持たなかった。
APOE E4対立遺伝子を持つ者は、ベースラインの時点で認知評価得点が比較的低かった。例えば、APOE E4対立遺伝子を2つ持つ者はベースラインにおけるMini
Mental State Examination(MMSE)得点がAPOE E4対立遺伝子を持たない者に比較して比較的低得点であった。

ベースラインにおけるアルツハイマー病評価スケールの認知サブスケール(ADAS-cog)得点も同じパターンを示した。APOE
E4対立遺伝子を持たない者と比較して、2つのAPOE E4対立遺伝子を持つ者は、ベースラインの時点でより障害されていた。この結果はADAS-cogの総得点や言語再生、遅延言語再生、言語認識を含む下位項目の得点でも同じであった。
Buschkeの自由再生、手がかり再生、NYU遅延パラグラフ再生といった他の認知評価方法においても、APOE E4対立遺伝子の数が多いと、より問題が大きい傾向がみられた。他方、ベースラインでの認知評価結果は行動評価またはうつ病評価の結果まで影響することはなかった。APOE
E4対立遺伝子の有無による明らかな有意差は認めなかった。
興味深いことに本研究では、APOE E4対立遺伝子を持つ者は、持たない者と比較して日常生活動作得点においても明らかな低下がみられた。軽度の認知機能障害者が身体機能においても明らかな障害があることは予想しなかった、とFarlow博士は述べている。

この研究では対象者のうち272名の海馬容積も計測している。海馬萎縮は軽度の認知機能障害が痴呆に進展することを予測する1つの因子である。
磁気共鳴画像(MRI)データは、APOE E4対立遺伝子の有無によって高度に有意な違いを示した。つまり、APOE
E4対立遺伝子を持たないグループと比較して、2つのAPOE E4対立遺伝子を持つグループではベースラインの時点でより高度の海馬萎縮がみられた。

Farlow博士は、これらの研究結果が、APOE E4対立遺伝子を持つ者が持たない者と比較してより早期に痴呆へ進行しやすいことを示唆する過去の研究と一致していると語った。
このデータは、APOE E4対立遺伝子の有無が軽度の認知機能障害者の予後判定に有用であるという仮説も支持しうる。将来、InDDExスタディのデータ分析によって臨床的な痴呆に到る割合が示されるであろう。これは、APOE遺伝子型が軽度認知障害の予後を知る確かなマーカーであるかどうかを証明することになるであろう。
【訳者注】
Mild cognitive impairment(MCI)について
軽症認知障害(mild cognitive impairment, MCI)とは正常の老化に伴う認知機能の変化から痴呆までの移行状態とされるものである。MCIは記憶の検査で発見されるが、ほとんどの日常生活機能に障害はない。MCIにはアルツハイマー病の発病前の他にうつ病などの他の原因も含まれる。早期に発見して介入することによってアルツハイマー病の発病予防や進行に対する予防効果が期待される。
レポーター:Andrew
Bowser
日本語翻訳監修:国立療養所久里浜病院精神科医長 松下幸生 |
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