痴呆の行動および心理学的徴候や症状に及ぼすAPOE遺伝子型の影響について
Effect of APOE Genotype on Behavioral and Psychological Signs and Symptoms of Dementia
Sebastiaan Engelborghs, MD
University of Antwerp / Born-Bunge Foundation
Antwerp, Belgium

APOE E4がアルツハイマー病のリスクファクターであることはすでに確証されている。加えて、前頭側頭型痴呆、レビー小体を伴う痴呆、痴呆を伴うパーキンソン病でもAPOE E4の関与が示唆されている。

APOE対立遺伝子は、疾患のリスクファクターであると同時にこれらの疾患の臨床症状にも関与していることが予想される。例えばアルツハイマー病や前頭側頭型痴呆ではAPOE E4対立遺伝子を持つ患者は、持たない患者より発症年齢がより若いことが知られている。今までにもAPOE対立遺伝子が痴呆の行動や心理学的徴候および症状に関与する可能性が検討されてきたが、結果は賛否両論であった。加えて、そのような研究は前頭側頭型痴呆、レビー小体を伴う痴呆または痴呆を伴うパーキンソン病患者では行われていない。

そこで、Engelborghs博士と共同研究者らは、様々な痴呆患者におけるAPOE遺伝子型を調べて症状との関連を調査した。この研究にはアルツハイマー病186名、前頭側頭型痴呆29名、混合型痴呆28名が対象となっている。同時に、レビー小体を伴う痴呆11名、痴呆を伴うパーキンソン病7名が含まれている。

まず、すべての対象者はベースラインとして介護者と共に痴呆の発症以来の行動や心理学的徴候および症状を評価する面接を受けた。ベースライン評価の後6ヵ月間は毎月、その後は年に2回、対象者はMiddelheim Frontality ScoreとBehave-ADを用いて評価された。

IPAで、Engelborghs博士は、アルツハイマー病では対照群と比較してAPOE E4対立遺伝子が有意に高い頻度でみられると報告した。他の痴呆疾患では、どの対立遺伝子の分布にも有意な相違はみられなかった。


APO Allele Frequencies
(Compared to a control group from a prospective
Belgian study on risk factors of dementia)



 
N
APOE E2
APOE E3
APOE E4
P value
Controls
189
0.07
0.76
0.17
NA
Alzheimer's disease
186
0.07
0.61
0.32
P < 0.001
Frontotemporal dementia
29
0.10
0.66
0.24
P = 0.832
Mixed dementia
28
0.09
0.73
0.18
P = 0.218

Dementia with Lewy bodies
/Parkinson's disease with dementia

18
0.03
0.80
0.17
P = 0.628

   Engelborghs et al., 2003


この研究の主な統計解析は、APOE遺伝子のE2、E3、E4対立遺伝子の有無および数を含めてどのような要因が行動学的および心理学的テスト結果に影響するかを調べることにある。

アルツハイマー病と混合型痴呆ではAPOEのE2、E3、E4対立遺伝子の有無および数とテスト得点との間に統計学的に有意な相関は認められなかった。しかし、前頭側頭型痴呆では、検査スコアとAPOE遺伝子型、APOEのE2対立遺伝子の有無とAPOE E4対立遺伝子の数との間に有意な相関がみられた。さらに、痴呆を伴うパーキンソン病とレビー小体を伴う痴呆を一緒にして解析すると、APOE E2対立遺伝子の有無と数が検査スコア結果に影響を及ぼすことが示唆された。


Statistical Analysis of Effects of Possible Source of Variation on Behavioral Test Scores


 
APOE
E2
# of E2
E3
# of E3
E4
# of E4
Alzheimer's disease
P = 0.840
P = 0.427
P = 0.427
P = 0.670
P = 0.456
P = 0.961
P = 0.333
Frontotemporal dementia
P = 0.029
P = 0.017
P = 0.286
P = 0.753
P = 0.634
P = 0.898
P < 0.001
Mixed dementia
P = 0.451
P = 0.773
P = 0.652
P = 0.600
P = 0.886
P = 0.591
P = 0.230
Dementia with Lewy bodies/Parkinson's disease with dementia
P = 0.453
P = 0.016
P = 0.016
P = 0.852
P = 0.996
P = 0.543
P = 0.940

 (2-way RM-ANOVA)


前頭側頭型痴呆のみで解析すると、APOE遺伝子型が4/4の患者は、APOE遺伝子型が2/2の患者に比較して、Behave-ADの攻撃性得点が有意に高かった。加えて、APOE遺伝子型が4/4の患者では、他の遺伝子型の患者に比べてBehave-ADの全体得点が有意に高かった。


Post-hoc Analysis (Fisher LSD)
Frontotemporal Dementia Group: Source of Variation
― APOE Genotype



Behavior - Alzheimer's Disease
Behavioral Test Score
Behavioral Test Score
P value
Cluster aggression
APOE 44:
6.5 ± 3.5
APOE 22: 0
P = 0.045
Total score
APOE 44:
21.5 ± 16.3
APOE 22: 6.0
P < 0.001
 
APOE 44:
21.5 ± 16.3
APOE 23:
3.0 ± 4.2
P < 0.001
 
APOE 44:
21.5 ± 16.3
APOE 24:
7.0 ± 4.2
P < 0.001
 
APOE 44:
21.5± 16.3
APOE 33:
10.5 ± 6.5
P < 0.001
 
APOE 44:
21.5± 16.3
APOE 34:
9.0 ± 5.9
P < 0.001
 
APOE 23:
3.0± 4.2
APOE 33:
10.5 ± 6.5
P < 0.001
 
APOE 23:
3.0± 4.2
APOE 34:
9.0 ± 5.9
P = 0.004

   Mohr, Goodkin, Likowsky, et al. Arch Neurology 54, 531-533, 1997.


さらに前頭側頭型痴呆では、2つのAPOE E4対立遺伝子を持つ患者(訳者注)は、E4対立遺伝子を一つしか持たない患者に比べてBehave-ADの攻撃性得点および全体得点でより高い得点であった。E4対立遺伝子の数とBehave-ADのいくつかの項目の得点の間には統計学的に有意な相関がみられた。

Engelborghs博士は、本研究によって前頭側頭型痴呆ではAPOE E4対立遺伝子と行動および心理学的徴候や症状の間に有意な相関が示されたと語った。APOEと前頭葉症状を反映するMiddelheim Frontality Scoreの間には相関は認めなかったという。

対照的にアルツハイマー病と痴呆の行動および心理学的徴候や症候の間には相関が認められなかった。この結果はすでに報告されている多くの結果と一致するものである。

最後にレビー小体を伴う痴呆または痴呆を伴うパーキンソン病患者での、E4対立遺伝子と徴候と症状の間の相関を調べたが、対象者数が限られているため、これらの疾患を別々に解析することができなかった。したがって、より多数の患者においてこれらの所見を確かめる必要がある。


【訳者注】
アポリポ蛋白E遺伝子にはE2、E3、E4の3つの対立遺伝子がある。両親からそれぞれ1つずつの対立遺伝子をもらうので、これらを2つ組み合わせたのが遺伝子型である。2/3、3/3、3/4などと表記する。したがって、遺伝子型が4/4であるとは、"E4対立遺伝子を2つ持つ"ということと同じことを示す。



レポーター:Andrew Bowser
日本語翻訳監修:国立療養所久里浜病院精神科医長 松下幸生