Flicker博士と共同研究者らは現在進行中のコホート研究を用いて、299名の健康な高齢男性における認知や抑うつに関連する遺伝因子と特異な蛋白について解析を行った。対象は75歳以上の男性で、高血圧かまたは高血圧の治療を受けた既往のある者である。抑うつ症状や認知機能障害を有する者は除外されている。
研究の一部としてアルツハイマー病に特徴的であり、老人斑の主要な構成成分であるベータアミロイドレベルを調査した。アルツハイマー病の病因としてアミロイドの産生が最初の一歩であると信じられている。過去の調査では血中ベータアミロイドレベルとアルツハイマー病には相関があると報告されている。
この研究では血中ホモシステインも一緒に測定されている。高ホモシステイン血症は血液凝固や動脈硬化に関連すると考えられる。一方、MTHFRというホモシステインの代謝に関連する酵素の遺伝子には健常人にも高い頻度でみられる遺伝子変異が存在する。この遺伝子変異を有する者では変異のない者に比べて酵素活性が低く、その結果として血中ホモシステイン濃度が上昇すると考えられている。この遺伝子変異がどのように痴呆やうつに影響しているのかという点については議論がある。
対象者の平均年齢は78.9歳であり、Mini Mental State Examination(MMSE)の平均得点は27.6点であった。ホモシステインレベルは6.7〜70.5
μmol/Lの範囲であり、平均は13.5μmol/Lであった。ベータアミロイドの大部分を占めるAβ40レベルは16.2〜403.3pg/mL(平均143
pg/mL)であった。
ホモシステインのログ対数に対するAβ40のログ対数の分布をみると、血中ホモシステインレベルと血中アミロイド蛋白レベルには相関がみられる。これらは双方とも腎機能に関連があり、腎機能障害があると血中レベルも上昇する。しかし、ホモシステインレベルとアミロイドレベルは、GFR(糸球体濾過率)を用いて腎機能を補正しても相関がみられた。

本研究には予想に反する結果も得られた。発表者らは、アルツハイマー病の遺伝的リスクであることが確立しているアポリポ蛋白Eε4対立遺伝子(APOE
E4)についても調査している。しかし、APOE E4と認知機能の間には相関がみられなかった。この結果は恐らく認知機能障害のない者のみを対象としたためであろう。APOE
E4と認知機能の相関は認知機能障害のある者で最もはっきりみられるものなのかもしれない。
この研究の結果からは、MTHFR遺伝子変異はホモシステインレベルに影響しないことも明らかになった。この結果は、高齢者においては内因性または環境因子が遺伝子変異の影響を希釈してしまうことによるのかもしれない。つまり、高齢者においてはビタミンB12レベルや腎機能障害や細胞老化といった要因の方がより強くホモシステインレベルに影響を及ぼすとも考えられる。
一方、彼らが明らかにしたホモシステインレベルとアミロイド蛋白レベルの相関は重要な発見である。高血圧以外に健康に問題のない高齢男性ではこの相関は統計的に有意であった。
この結果はアルツハイマー病の病因にホモシステインが関与するという仮説を支持するものである。この結果が他の研究によって確認されれば、予防に役立つ可能性を示唆するものである。つまり、ホモシステインレベルは治療的介入によって低下させることが可能だからである。Flicker博士は、アルツハイマー病を発症する前にホモシステインを低下させるような介入を始めることも可能であろうと述べている。
ホモシステインレベルを低下させる方法の一つに葉酸やビタミンB12の投与がある。Flicker博士らは高齢男性の精神衛生に対するホモシステイン降下作用のあるビタミンの効果に関する試験を終了しつつある。1年以内に結果が明らかになると予想されるが、健康な高齢者におけるホモシステインと認知の関係についてのさらなるエビデンスを提供してくれると期待される。
レポーター:Andrew
Bowser
日本語翻訳監修:国立療養所久里浜病院精神科医長 松下幸生 |
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