世界的な抗癌剤の発見と開発
Anti-Cancer Drug Discovery and Development throughout the World

Nagahiro Saijo, MD
National Cancer Center Hospital
Tokyo, Japan


日本における抗癌剤開発

国立がんセンターの西條長宏先生は、抗癌剤開発における日本のユニークな状況について論じた。

西條先生は、日本における臨床試験が、この10年間に質(quality)においても活動性(activity)においても著しく改善されたと述べた。この改善は、Japan Clinical Oncology Group (JACOG)の努力に負うところが大きい。

2002年5月現在、このグループは、150の病院と260の施設や臨床研究者を抱えている。現在14の第III相試験が行われており、15の試験でデータ集めが進んでおり、18の臨床試験の準備が進められている。ここでは、およそ600例の患者を毎年登録させている。

日本の研究者は、最新の化学療法の開発に顕著な役割を果たしている。イリノテカンに関わる日本の研究は、大腸癌の治療に大きな進歩をもたらした。このASCO2002年次総会における150のイリノテカンに関する抄録のうち124は、日本からのものである。非小細胞肺癌、小細胞肺癌の分野においても大きな進歩があった。

日本の研究者は、また、capecitabine、ウラシル/テガフール(UFT)などの経口fluorinated pyrimidinesの開発にも貢献している。このASCOにおいてもUFTの発表の約半分は、日本の研究者からのものである。

UFTにおいて重要な研究は、転移性大腸癌に対するUFT-ロイコボリン療法が5-フルオロウラシル(5-FU)/ロイコボリン療法を凌ぐ可能性を示唆したものである。生存期間は標準の5-FU/ロイコボリンと同等であるが、安全性は有意に優れていた。

Fluoropyrimidineのすぐれた経口薬S-1の研究は継続されている。後期第II相試験では、胃癌、大腸癌、乳癌、頭頚部癌、非小細胞肺癌などの種々の癌において、22〜45%の奏効率を示したと報告している。


Efficacy of S-1 in Japanese Patients
(Late Phase II Studies)



癌のタイプ
患者
奏効率
(%)
生存期間中央値 (days)
1年生存率
(%)
2年生存率(%)
胃癌
(GC)

101

44.6
244
37
17
大腸癌
(CRC)
62
35.5
378
55
21
乳癌
(BC)
81
42.0
910
70
56
非小細胞肺癌
(NSCLC)
59
22.0
309
41
19
頭頸部癌
(HN)
59
28.8
344
49
30

    GC: Sakata EJC 2000, Koizumi Oncology 2000
    CRC: Ohtsu BJC 2000
    BC: Sano ASCO 2000
    NSCLC: Niitani ASCO 2000
    HN: Inuyama Jpn J Cancer Chemother 2001

切除不能あるいは再発進行胃癌に対するS-1+イリノテカンと5-FU+イリノテカンの第III相無作為化比較試験(JCOG9912)は、450人の患者が登録され、現在進行中である。

日本の研究者は、癌の標的療法の開発にも大きく貢献している。これには、UCN-01やE-7070などのcycline-dependent protein kinase阻害剤や、tyrosine kinase阻害剤のTAK-165、macromoleculeなどの優れた薬剤が含まれる。

これらに加えて、日本の研究者は、非小細胞肺癌に対するZD1839(Iressa) の重要な臨床試験を通じて、この分野にもに大変貢献した。この臨床試験には210例が登録されたが、このうち102例を日本の研究者が登録した。

シンガポール/香港/オーストラリアの抗癌剤開発協力

シンガポール大学のJohn Eu-Li Won博士が、シンガポール/香港/オーストラリアの抗癌剤開発協力について論じた。このユニークな共同研究グループは、アジア人患者と白人患者を同時に薬剤開発プログラムに組み込むことが出来る。

アジア人患者と白人患者の疾患分布や疾患パターンの研究は、標的とする薬剤開発に貢献する。胃癌、肝臓癌、鼻咽頭癌は、欧米人に比べてアジア人に多い。欧米の抗癌剤開発は、大腸癌、乳癌、肺癌を標的としたものが多くを占めている。

アジア人患者の疾病の表現型は異なっている。例えば、乳癌では、閉経後乳癌患者の50%がホルモン受容体陽性であるのに対し、欧米の患者では、80%が陽性である。

Wong博士は、アジア人患者と欧米人患者を比較することは、薬剤開発試験の大きな利点となると述べた。

進行非小細胞肺癌に対するドセタキセルとカルボプラチンの併用療法の臨床試験には、43人のアジア人患者と23人の白人患者が登録された。薬剤の耐容性が異なるために、アジア人患者ではカルボプラチン投与量を減量したが、奏効率はアジア人患者の方が高かった多変量解析では、人種が効果予測因子となった。

Wong博士は、他のグループの研究者達も、この薬剤開発協力プログラムに参加し、国際的な共同研究のモデルとなる努力をするよう考慮して欲しいと述べた。

世界各地の新しい抗癌剤の臨床試験

David R Parkinson博士は、Novartis Pharmaceutical Corporationの代表として、新しい薬剤の開発試験が欧米以外の国々であまりおこなわれないことに不満をもつ人達が多い、と述べた。

製薬会社は、薬剤使用を増加させるために、患者中心の臨床試験を促進する必要がある。同時に、試験にかかる費用を出来るだけ抑制する必要があるので、裕福な国々(お金のかかる国々)の薬剤開発への参加は少なくなるかもしれない。

日本の研究者は、米国癌学会主催のミーティングに参加し、他の国々の臨床試験結果を日本に橋渡しする戦略を論じた。この結果、日本における薬剤認可は迅速になってきた。

日本の腫瘍内科医は、早い段階の薬剤開発に参加したいと述べていた。Parkinson博士はこの日本の変化を歓迎し、日本における薬剤開発が促進されると述べた。薬剤認可のための規制や追加の臨床試験は改善されてきている。力のある研究所の優秀な研究者達は、薬剤開発に参加することができる。



レポーター: Andrew Bowser
日本語翻訳・監修: 東京慈恵会医科大学内科学(血液・腫瘍)助教授
東京慈恵会医科大学附属病院血液腫瘍内科診療部長
薄井紀子