遺伝子、シナプスから長期記憶へ
Genes, Synapses, and Long-Term Memory
Eric R. Kandel, M.D.
Columbia University, New York, NY

1950年代、生物学者たちにとって脳の行動的側面は謎につつまれていた。Kandel博士はその謎が自分の世代で少なくとも一部解決すると認識するようになった。かつて心理学者や精神分析学者たちの間でのみ関心事であった記憶貯蔵の問題が、生物学者の用いる手法でアプローチできると考えたのである。

Kandel博士は学習(情報の初期貯蔵と長期維持)に伴う脳の化学的・構造的変化を検出するための最初のモデルとしてアプリジアを選んだ。アプリジアの神経細胞は2万個にすぎず、それらが神経節として集合している。1つの活動単位にかかわる細胞の集合は非常に少なく、学習の効果を見るのに最適であった。

Kandel博士のモデルはシンプルであった。繰り返しアプリジアに痛覚刺激を与え、引っ込め反射を生じさせるというものであった。彼は引っ込め反射を生じさせる刺激を繰り返すことにより、中枢神経節の1領域を物理的に変化させるタンパク質の合成が生じることを見出した。この発見により、単一神経細胞のレベルでの化学的・構造的変化が記憶の長期化に必要であると結論したのである。

Kandel博士をはじめとしたさまざまな研究によって、若年期に学習・記憶された行動が脳に物理的な変化を引き起こし、それが成年期を通じて持続することも明らかとなった。例えばバイオリニストの研究から、指の動きを司る脳部位の大きさの変化はバイオリンの訓練を幼少期に始めた人で非常に大きいことが示唆されている。この変化はバイオリンの訓練を20代で始めた人ではそれほど大きくなく、さらに遅く始めた人では全く追いつかないようである。

マウスにおける加齢に伴う記憶の減退が脳の化学物質の変化により可逆的であることを示す研究もある。学習・記憶についてのヒトの研究は今のところ限界があるが、Kandel博士は、さらに研究を進めることにより正常加齢に伴う物忘れを減少させる方法につながるかもしれないと期待している。


レポーター:Elizabeth Coolidge-Stolz, M.D.
日本語翻訳・監修:Department of Psychiatry, Harvard Medical School 笠井清登

 


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