中枢神経系(CNS)疾患の疾病率は、心血管病のリスクと関連して、加齢に伴い指数関数的に増加するようである。前向きの2,000人の患者を対象にした調査では、65歳以下では脳卒中発症率は1%以下であったが、75歳以上では9%であった。低心拍出量や周術期の心筋梗塞の発生率には年齢と相関する傾向はなかった。

On-pump CABGの方がoff-pump CABGよりも、生理学的変化に及ぼす影響が有意に大きいことを示すいくつかの証拠がある。小規模の前向きな研究において、従来のCABGを受けた患者では脳の水分量が5%増加したことが示されている。このことは、おそらく、炎症に関与するメディエーターの増加を反映しているものと考えられる。心拍動下の手術を受けた患者ではこのような変化は起こらなかった。
数年前にMurkin博士のグループが、従来のバイパス術に比べ、心拍動下での心臓手術の方が、神経学的な認知機能障害が少なかったことを報告している。しかし、患者背景や手技において、有意な相違があった。報告者はこの最初の知見を証明するには、さらなる研究が必要であると述べていた。
神経学的認知障害:従来の手技とoff-pump手技の比較
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従来のバイパス術 |
心拍動下手術 |
患者数 |
33 |
35 |
平均病変枝数 |
3.2 |
1.1 |
大動脈遮断の使用 |
100% |
3% |
短期的認知機能障害発症率
(術後5日以降) |
90% |
50% |
長期的認知機能障害発症率
(術後3ヵ月以降) |
50% |
5% |
- Ann Thorac Surg. 1999,68:1498-501
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より最近では、いくつかの前向き無作為化試験が行われるようになってきている。Van Dijkらは比較的若年の患者(平均年齢61歳)のうち、142人を従来のバイパス手術に、139人をoff-pump群に、無作為に二群に分けた結果について報告した。術後3または12ヵ月後の認知機能の低下には有意差を見出せなかった。しかし、認知機能(学習)においては、心拍動下手術群の方がよく保たれていた。
Off-pump手技:認知機能は有意に保護される
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Off-pump群 |
従来の
バイパス術群 |
P値 |
患者数 |
141 |
139 |
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認知機能の低下、3ヵ月
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21% |
29% |
0.15 |
認知機能の低下、12ヵ月 |
30.8% |
33.6% |
0.69 |
学習機能の改善
(standardized change score) |
0.19 |
0.13 |
0.03 |
- JAMA.
2002;287:1405-1412
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ハワイのグループ(Leeら)が、認知機能テストとpositron emission tomography(PET)とを組み合わせた、小規模(n=60)の前向き無作為化試験を行った。従来のバイパス群の方が有意に脳梗塞が多かった。認知機能障害には大きな差がなかったが、しかし、心拍動下手術群の方が、術後に行われた再度の認知機能テストでは有意によい成績を示した。
英国のグループ(Zamvarら)が、3枝疾患を有する60例の患者で前向き無作為化試験を行った。Off-pump群では、部分的なクランプが行われた。術後1および10週目において、心拍動下手術群の方が、有意によい認知機能を示した。従来のバイパス術群では、認知機能テストにおける1つ以上の有意な増悪が認められた。
Murkin博士は、大動脈器具が、バイパス手技に関する研究における神経学的認知機能に及ぼす結果を明らかに混乱させていると述べた。Uraらによる従来のバイパス術に関する研究では、明らかな神経学的イベントの発症率は2.1%であった。新規の大動脈病変の発生率は3.4%であり、上行大動脈における動脈硬化の程度に直接関連していた。4mm以上のアテローマを有する患者では有意な内膜の損傷を受ける可能性は33%であった。10人の患者で重度の内膜の亀裂やフラップを認めた。そのうち6人はクランピングに関連しており、4人ではカニュレーションに関連していた。このグループでは脳卒中発症率は30%であった。
2,800の従来のバイパス術と2,000の心拍動下手術を解析した後ろ向きの調査(Calafioreら)によると、臨床的脳卒中発症率は全体で1%であった。約500の心拍動下手術において、部分的大動脈遮断が行われていた。これらのグループにおいては脳卒中発症率は従来のバイパス術群と同じであった。
以上より、これらの研究は、心拍動下手術は神経学的によりよい効果をもたらすことを示している。しかし、現在のところ、一般的に、心拍動下手術は不完全血行再建との関連が高い。大動脈器具の使用が少ない方が、脳卒中発症率は低かった。部分的大動脈遮断を行うことにより、off-pump
CABGの有益性は有意に低下した。認知機能に及ぼす結果の差は微小であるが、高齢者やより重症の患者において、その差はより著しくなるようである。
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