左室リモデリングは心筋梗塞後の心不全並びに死亡の大きな要因である。また、添木博士と共同研究者らは過去に、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)が培養ラット心臓線維芽細胞の増殖並びにコラーゲン合成を心房性および脳性ナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP)よりも強く抑制することを示した。
CNPがin vitroにおいて心臓の線維化や肥大を強く阻害することから、研究者らは、in vivoにおいて心筋梗塞後に起こる心臓リモデリングをCNPが抑制するという仮説を立てた。この仮説を検証するために、添木博士らはラットの心筋梗塞モデルを用いて、心臓リモデリングの進展に対するCNPの効果を調べた。
研究者らは雄のラットに実験的に心筋梗塞を引き起こすために、冠動脈の結紮を行った。そして、それらを2群に分け、一方は梗塞後4日目より2週間の間、浸透圧ポンプを用い0.1μg/kg/分の速度で(5%ブドウ糖液に溶解した)CNPを静脈内投与した。もう一方の群は5%ブドウ糖液のみを同ポンプで投与した。さらに、同様の手術を施し冠動脈結紮のみ行わなかったSham手術群を用意した。
収縮期血圧および脈拍への影響を調べるため、研究者らは、梗塞前、梗塞1日後、1週間後、2週間後にこれらの測定をtail-cuff法にて行った。その結果、CNPは血圧および脈拍に対し明らかな影響を与えなかった。彼等は、また、冠動脈結紮あるいはSham手術後4および18日目に心臓超音波検査を施行した。なお、4日目の超音波検査でfractional
shorteningが20%以下あるいはE/A比が3以下であったラットは本研究の対象から除外された。

最終的に、心筋梗塞後CNP投与を行った34匹、心筋梗塞後5%ブドウ糖液のみの投与を行った35匹、およびSham手術を施した34匹について、梗塞あるいはSham手術後18日目に、心臓超音波、両心カテーテル、形態学的コラーゲン密度・毛細血管密度・心筋細胞サイズ定量、およびノーザンブロット解析を行った。
左室拡張末期径は心筋梗塞群がSham手術群に比べ大きかったが、CNPはこの左室拡大を有意に抑制した。
The Effect of CNP on Echocardiographic
Parameters
|
Sham
|
MI+Vehicle |
MI+CNP
|
AWT diastole, mm |
1.2±0.0
|
0.9±0.0**
|
0.9±0.0** |
AW thickening, % |
71±1
|
10±1** |
10±1** |
PWT diastole,
mm |
1.3±0.0
|
1.5±0.0**
|
1.4±0.0** ## |
PW thickening, % |
70±2
|
42±1**
|
53±1** ## |
LVDd, mm |
67±1
|
83±1**
|
77±1** ## |
FS, % |
35±1
|
16±0**
|
18±0** ## |
E velocity, cm/s |
88±2
|
112±3**
|
102±3** ## |
A velocity, cm/s |
51±2
|
19±1**
|
26±1** ## |
E/A |
1.8±0.0
|
6.2±0.2**
|
4.2±0.2** ## |
Values are mean±SEM.
**P<0.01 compared with the sham-operated
group;
##P<0.01 compared with the MI+vehicle group.
AWT=anterior wall thickness
AW=anterior wall
PWT= posterior wall thickness
PW=posterior wall
LVDd=left ventricular end-diastolic dimension
FS=fractional shortening
E=early filling wave
A=atrial filling wave |
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心筋梗塞によって左室拡張末期圧は高くなり、+dP/dt、-dP/dt、および心拍出量は低下したが、CNPは動脈圧に影響を与えることなく、これらの左室収縮および拡張機能の指標を有意に改善した。
The Effect of CNP on Hemodynamic
Parameters
|
Sham
|
MI+Vehicle
|
MI+CNP |
HR, bpm |
412± 5 |
421± 6 |
410± 5 |
MAP, mmHg |
120± 2 |
99± 2** |
103± 2** |
LVSP, mmHg |
139± 2 |
116± 2** |
118± 2** |
LVEDP, mmHg |
7± 0 |
18± 1** |
13± 1** ## |
RVSP, mmHg |
38± 1 |
47± 1** |
45± 1** |
RAP, mmHg |
2± 0 |
3± 0* |
3± 0* |
LV dP/dt max, mmHg/s |
7970± 156 |
5019± 155** |
5743± 155** ## |
LV dP/dt min, mmHg/s |
-6216± 158 |
-3791± 151** |
-4644± 147** ## |
CO, mL/min |
98±2 |
73± 2** |
81± 2** ## |
CI, mL/min/kg |
329± 6 |
278± 6** |
299± 6** ## |
Values are
mean±SEM.
**P<0.01, *P<0.05 compared with the sham-operated
group;
##P<0.01 compared with the MI+vehicle group.
HR=heart rate;
MAP=mean arterial pressure
LVSP=left ventricular systolic pressure
LVEDP=left ventricular end-diastolic pressure
RVSP=right ventricular systolic pressure
RAP=right atrial pressure
LV dP/dt max or min=peak rate of left ventricular
contraction or relaxation
CO=cardiac output
CI=cardiac index
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また、添木博士らは、CNPが非梗塞部位における形態学的コラーゲン密度の増加を軽減したことを報告した。

CNP投与は、心筋梗塞により減少した非梗塞部位の毛細血管密度についても有意に改善した。

さらに、CNPは非梗塞部において、線維化に関連したコラーゲン I とコラーゲン III、心肥大に関連したANPとβミオシン重鎖のそれぞれのmRNAの発現量の増加を著明に抑制した。


これらの結果は、CNPが左室機能を改善し、心臓リモデリングを抑制することを示唆している。CNP投与は心臓機能に対し有用であると考えられるが、血圧、心拍数および梗塞サイズへの影響がほとんどなかったことから、血行動態の改善や梗塞サイズの減少以外にその有用性を説明しうるメカニズムが存在するはずである。
そのひとつとして、CNPが心臓の線維化を直接阻害するという可能性があり、他に、CNPが心筋梗塞後の心肥大を抑えるということが考えられる。また、いくつかの研究でCNPが血管内皮のcGMP/cGMP依存性プロテインキナーゼの伝達経路を活性化することが報告されており、CNPがこの経路を介して心筋梗塞後の心臓毛細血管密度の減少を改善することが、左室機能不全の軽減に結びつくのかもしれない。
そのメカニズムはともかく、本研究の結果はCNPが新しい形の心臓保護剤として有用である可能性を示唆している。
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