研究者たちはマルファン症候群や家族性高コレステロール血症など単一遺伝子の異常による疾患の原因遺伝子を明らかにした。しかし、これにより医療の現場が革新的に変化したわけではない。また、複数の遺伝子と環境要因の相互作用により発症すると思われる、より一般的な病気への理解はあまり進んでいない。
これをもってゲノム革命の将来につき悲観的な見方をする人たちもいる。しかし、Williams博士はゲノム革命の成果は近いうちに臨床の現場に還元されると思うと述べた。
現在の心不全研究における1つの課題は、遺伝子改変技術によって作成された多数のマウス心不全モデルから得られた知見を、いかにヒトの心不全の病態の理解に役立てるかである。
1998年に、マウスモデルを用いることにより、カルシニューリン阻害薬であるサイクロスポリンが心肥大とそれに続く心拡張を阻止することが示された。しかし、サイクロスポリンが他のいくつかの動物モデルでは効果がなかったこと、および明らかな腎毒性を持つことにより、サイクロスポリンが実際に心不全患者の治療に用いられることはなさそうである。
だが、この研究は心肥大の発症におけるカルシニューリンの重要性を明らかにした。また、研究者たちはより洗練された心肥大の理解を目指すようになった。
今までにもカルシニューリンに結合するタンパク質はいくつか知られていた。博士はヒトのDNAデータベースを検索することにより、新たなカルシニューリン結合タンパク質をいくつか見出した。
これらのタンパク質はMyocyte-enriched Calcineurin Interacting Protein (MCIP)と総称され、心筋と骨格筋に特異的に発現する内在性のカルシニューリン阻害物質であった。博士は、カルシニューリンの心肥大における役割を調べるのにMCIPはサイクロスポリンよりよい手段であろうと述べた。
博士のグループはMCIPの1つを心臓で過剰発現させたトランスジェニックマウスを作成した。このマウスモデルで、MCIPの過剰発現はいくつかのストレスによる心肥大を抑制した。
MCIPのヒトの心肥大における役割はまだ明らかではない。しかし、マウスモデルでの実験結果はヒトでのMCIPの遺伝子変異が心臓のストレスに対する反応に影響を与えうる可能性を示唆するものである。
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